ゆとりある 心と車間の ディスタンス

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メキョンセンターの食堂の五目ラメーン

初めての免許の更新のために東西線に乗る。

音楽を聴きながら駅に向かい、音楽を聴きながら電車に乗っている。

待ち時間が多いだろうからと持ってくるつもりだった本を忘れたことに気づき、

今日はつけようと思っていた腕時計もつけ忘れている。かなしい。

でも、免許更新のために必要なものは何度も確認して鞄にいれたのでよしとしましょう。

と、思ったところで「窓の鍵閉めたっけ…?」と不安になる、、、

閉まっていることを願う。

ペットのトカゲ(この子の話も追ってちゃんと書きたいですね)の家の温度は、何回も測ってベストを保っているのでよしとします、、

いちばん大事なことがキープできていればよい!といまは考える。

 

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フトアゴヒゲトカゲの麦茶嬢(宇宙一かわいい)

夏頃からメンタルが急激にヘラり、どうにもこうにも不調だったのがだいぶましになってきました。気づいたら秋になっちゃったよ。

春に転職、その勢いのまま突っ走り、徹夜で原稿書いたりしていたのがよくなかったんだと思います。

誰も徹夜で仕上げろなんて命令してないけど

誰かがやらないと終わらない仕事ってあるやん…?

 

かれこれこの2、3ヶ月ほど、なかなか眠れない、寝たら寝たで毎晩のように悪夢を見る、起きてるときは過去の失敗などがフラッシュバックのように思い出されて絶望するといった精神状態になり

今になって思えば、服を選ぶのが億劫、にはじまり、能動的に音楽を聴けない、活字が頭に入らない、映画に集中できない、まともな文章を一文字も書けない(ワード開くと頭まっしろ 編集兼ライターなのに仕事どうすんねん)、などなど、

これらも不調に伴う異変だったんだろうと思いますが、

当時は「いよいよ歳とってあらゆるエンタメに飽きたか…私ってば言うほどオタクでなかったんだな…」くらいに考えておりました。

 

 

んーーーもっと言うとお風呂に入るのがダルイ、のあたりから異変は生じていたのか?

 

不調がピークのときはまじで何もする気が起きなかったのですが、スマフォをダラダラとスクロールすることはできたので、

布団に横になって永遠にWikipediaを読んでおりました。

情緒的なものがとにかく受け付けられなくなっており、説明文なら大丈夫だったのだと推測します。

先日テレビで『鬼滅の刃 無限列車編』を観たとき、煉獄さんのお父さんが似たような状況だったので

すこし胸が痛かったです。

 

 

 

こりゃまーあかんわということで少し長めにお休みをいただいた結果、ある頃を境に急に

脳内がクリアになるといいますか、ぼんやりとした思考が晴れる瞬間が訪れました。

そんな最近です。よかったです。

 

 

音楽を聴きながら駅まで歩く、

本を忘れたことにショックを受ける、

そしてこうして自分の気持ちを言葉にしている。

メンタルがヘラっている最中は「もう私はそういうの興味なくなってしまったんだな」と思っていたけれど、

今では本来の自分を取り戻しつつある、と思えるからふしぎですね。

おそらく、まだ本調子ではないので

ほどほどに理想の暮らしを守っていけたらな〜と思います。

 

ほどほどに理想の暮らし:平日は比較的イージーモードで仕事をこなし、そこそこの達成感と自己肯定感を得、まったり自炊できるくらいの時間に帰宅。洗濯は2日に一回はしたい。髪型服装自由でお願いします。気の向くままにコンビニや居酒屋、映画にいける程度にゆるい金銭感覚でも生活に余裕があり、トカゲになにかあったらポンとお金を出せる蓄えがある。気づいたら奨学金の返済も終わってる。愛する夫と毎日楽しく暮らし、お互いにかわいいね優しいねと褒め合い、夫婦間でしか通じない新しい言葉を日々生み出し、たまに真剣な議論をし、好きなお友達と定期的に会って笑い、体重は●キロをキープし腹筋はうっすら割れていていつまでもエスサイズのTシャツを着られるような…

そんな暮らしです!!

(10年前は「欲しいものは 穏やかな暮らし 当たり前の太い幹を生やし 好きな人がすぐそばにいる そんな毎日」(インスパイヤードおおはた雄一、歌詞間違ってたらすいません)とか言ってたのにずいぶん贅沢になりましたね。守るべきものがあると強欲にならざるをえません)

 

〜追伸〜

メンタルがヘラっていても

トカゲの世話は毎日心を込めてできたのは偉かったと思う

自分よりか弱いいきものと共に暮らす、ということは

巷でよく言われる「癒し」よりも

命をまもるための「強さ」をくれることだと

思い知る毎日です。

もちろん、癒し効果もばつぐんにありますが(⌒▽⌒)

 

ZAKKI

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映画館でもろた

最近の出来事とか、感じたり考えたりしていること。

「シン・エヴァンゲリオン劇場版:||」を観た

これネタバレなのかな、わからないけど。シンジくんが幸せになったのがとにかく嬉しかった。それがすべてです。けっこうびっくりする展開もあったけど、旧作のあれこれも全部ひっくるめてハッピーエンドに持ち込むストーリー、壮大ですごく見応えがありました。後になって思ったけど、旧作に比べてアスカ、ミサトさん、リツコさんあたりがみんな優しくなっていた気がする。令和の感覚で改めてキャラクターや世界観を嚙み砕いて練り直した感じなのかな。それがすごくいい塩梅だったように思いました。

「しかかお図鑑」を購入した

しかCさん(Twitter / Instagram / YouTube)という方が撮影・発行した奈良の鹿さんの顔の図鑑(そのままだけどそのままなのだから仕方ないのです)。あの「ぷく」とか「たぷ」とか、いったい何なのだろう…めちゃくちゃ可愛い…。奈良には少し前にも行ったのですが、ぜひまた行きたいです。路地裏のおしゃれなバーとかをもっと散策してみたいな。
www.kakuu-music.com

「水中音楽祭」に行った

水中、それは苦しい主催(最初『主菜』って変換しちゃって何か面白かったからそのままにしようか迷ったけど直した)のフェスです(フェスだよな?)。この情勢だから本当に色々と難しいことだらけだったと想像するけど、できる範囲でのベストを模索してくれた、ジョニーさんをはじめとする関係者の皆様に心からの拍手を。

suichu.jimdofree.com

眉村ちあきさん

ステージ上を全力で駆け回る不思議な生き物だった。具体的には、ステージ上で突然号泣したり恵方巻を食べ出したりする不思議な生き物だった。

猫?

小山田壮平さん

なんて似合うんだ、春の風が(倒置)。どこまでも伸びやかな歌声で、弾き語りでも会場全体がしっかりと色に染まっていて素晴らしかったですね。

チャラン・ポ・ランタン

アコーディオンのみの伴奏でもあんなにパキッとリズムが出るのすごいなあ。エンターテイナーでいらっしゃった。衣装もかわいい。豚もかわいい。ジョニーさんもかわいい。

竹原ピストルさん

人柄の良さがダダダダ漏れのかわいい熊系おじさん。(みんなそうだけど)初見のお客さんも置いていかない気遣い。ギターはバスドラ鳴ってんのかってくらいドスが効いていた。

水中、それは苦しい

揃いの、でも少しずつデザインが違うスーツがゴスペラーズっぽくて個人的にツボ。シリアルなナンバー「芸人の墓」はやっぱり素晴らしい楽曲だと思った。アンコールもたっぷりで満足度たかし。ライブっていいもんだね。

近々やりたいことや欲しいもの

  • フトアゴヒゲトカゲを飼いたい
    • これは実現が近い予感!
  • 旅行に行きたい
    • 温泉とか…近場でもいいんだ…
  • 髪型を変えたい
    • 許されるなら少し染めたい
  • パソコン机をいい感じにしたい
    • ちょっといいスピーカーを買いたい
  • スマホの機種変更をしたい
  • 新しい服を買いたい
  • 新しい靴を買いたい

そのほか

先日の緊急事態宣言(通称:緊事宣)解除以降、職場が通常出勤モードに戻った。まあわかってたけど、ちょっと残念ですね。在宅勤務とても楽しかったので。逆に妻は週2で在宅勤務しています。引き続き感染リスクを避けつつ、可能な範囲で生活を楽しみたい。近所のお店にはなるべく行きたい。

モヤモヤした毎日をずっと過ごしている。たまに突発的に「このままでいいのだろうか」という不安が心を蝕んで結構つらい。ITエンジニアはもはやそんなに続けられず、10年ないし5年以内くらいで次の一手を何かしら打つ必要があるのではないか。年を取っても続けられる、知識・技術のアップデートがあまり必要ないシンプルな仕事って何かあるのだろうか(できる限り省エネでお金を稼ぎたいっていうのが人情ですよね?)。

このブログで「日々悩みは尽きず」的なことを度々書いている気がする。自分でもどうかと思わなくもない。が、こういった作業が自分という人間には定期的に必要なんだろうな。書くことで少しでも整理したい。とりあえず今回のところは、先のことなど分かるわけがないということを逆に口実にして開き直って、目の前の仕事をこつこつこなすしかないよね、という結論にしておこう。

みなさんはお元気でしょうか?

新しい季節は君と一緒に

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先日行った「キューライスキャッフェ」。スキウサギと相席させてもらった。しあわせ。

まもなく2月が終わる。日が長くなり、少しずつだけど、春らしい暖かさが近づいている気がする。

今日は日曜日。妻とともに近所を散策し、今は少し別行動をとっている。ご時世を考えると微妙かもしれないけど、街の人出はわりとそれなりな感じがする。賑わっている。

先日公開した記事のとおり、ルイコの職場が変わる。明日が記念すべき初出勤だ。楽しみだね、ドキドキするね。今度はどんな日々を過ごすことになるんだろう。

僕のほうはそんなに大きな変化は無く、強いて言えばここ2ヶ月ほど、週2回の在宅勤務を実施しているというくらいか。ちょっとしたことかもしれないけど月曜日が在宅勤務だと、仕事モードにゆっくりと移行できて、何というか、心身がびっくりせずに済む感じがして良い。

妻の新生活スタートを前にして、そんな相変わらずの僕も何だかちょっとドキドキしている。僕自身が転職したかのような気分になる。本当にちょっとだけ、だけど。

こういう微妙な気分を妻と共有できるっていうのは、まあ何だ、悪い気はしない。全然しない。嬉しい。心の深いところで繋がれているのかな、などと思う。彼女もそう感じていてくれたら嬉しいのだが。

出勤まであと十数時間。しんどいこと、ワクワクすること、この先色々あるだろうけど、ゆっくりと、今日はこんなことがあった、というお喋りをしながら毎日を乗り越えていけるような、安心と安全の我が家をこれからも守り続けたいものだなと、そんなことを僕は願う。健闘を祈る!

私は編集者~次なるステップへと!!~

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ユーセン・スタジオ・コースト 東京の海辺って独特ですきです

2年ちょいぶり4度目の転職活動をしていた。先日、内定をいただいて春から新しい環境で働くこととなった。

いくつになっても就活には精神が削られるので、今の会社(以下、A社)に入社した頃は「今後の人生、二度と就活したくない。」と思っていたのに、何が起きるかわかりませんね。

いや、入社したときからこの会社に一生はいないかもな~とは考えていた…ような記憶もある。

あんまり覚えてないけど、たぶんそうだったのではないか。

それはけっして後ろ向きな感情ではなく、私は自分の人生の変化、目標の変化にあわせて環境をガラっと方向転換することも厭わないタイプの人間だから、ということです。今回、自分のそういうタイミングと会社のいろんなタイミングが合致した、といったところでしょうか。新しいことを始めるなら、少しでも早いほうがいいし。転職活動のストレスなんてあとで考えれば通過儀礼に過ぎないですね。

A社に大きな不満はなく(小さな不満は当たり前にある。笑)、むしろたった2年そこらでビジネスマンとして急成長させてくれたことには感謝しかないですが、今後のチャンスとか人生とのバランスとか、諸々検討した結果ですね。

※なお、私は同世代のなかでは転職回数が多い方です。

学生時代の(はたから見れば)奔放な生活態度(本人は必死)を知っているからこそなのだろうが、転職宣言をすると心配してくれる方もこれまで少なくなかった。

なので念のためお伝えしておくと、転職して後悔したことも生活水準が下がったこともないので、ご安心ください!!考えなしの転職はぜったいしないし、毎度QOLが上がる選択しかしてないです。たまたま転職ガチャに成功してラッキーだっただけだと思いますが。

(てかさ、今回の転職活動時にやたらと転職回数についてつっこんでくる企業あったけど、「経歴に傷が~」とか「前職を●年で辞めた君を雇ってくれた恩があるのになんで辞めるの?」などとはっきり言ってきたんですよ。これは心配とかじゃなく普通に失礼ですよな????上から目線すぎますよな????)

話が逸れました。

これまで働いた会社のなかでもA社はもっともロジカルで冷静で、多くのファンをひきつける哲学を持ち、それゆえにアンチもおり、言うなれば業界のトップランナーだったと思います。そういう会社にいた私すごいとか手前味噌なことを言いたいわけではなく、「この会社で働けたことは私の財産です!」と綺麗な思い出にしたいわけでもなく、ただただ運が良かったなと思う。面接当時もうすぐ31歳、メディア関連の業界にはいたものの制作経験は無かった私を、おそらくほぼ熱意だけで採用してくれた当時の上司に感謝するしかありませんね。あるとき、採用時の私の印象を「社会人として汎用的にレベルが高いと思った」とか言ってくれて、どこに行ってもいじられキャラとして小馬鹿にされがちな私は自己肯定感があがったものです。たとえお世辞だったとしても嬉しかった。褒めるの大事。駄目出しは厳しかったし泣きながら文句をぶつけたこともあったが、今となっては良い思い出である。一方で業界の体質なのか?ちょっと昔かたぎで頭かてぇ会社だなと思うところもあった。だが、昔から好きだったコンテンツの「現実」が見えるのは、私にとっては美しいことでもあった。「シーン」を作っているのは同じ人間なんだなって。

そんなこんなで周囲にいるのはハイクオリティな方々ばかりだったので、編集者として、カルチャー界で働く人として一応はモノになったのかなと思います。周囲のレベルが高いのでおのずと自分も真剣に仕事に取り組めたのもよかったです。

A社以前の会社では嘘や悪口が横行しており、「大人ってこんなもんか」と絶望することもままありましたが環境によりますね、、、、その空気に流されていた自分もだめだったなあと今は思う。今は。

さて、2018年の8月、A社に内定をもらった私はブログにこのようなことを書いております。

「音楽を好きだ、という気持ちが私を正しい方に導くに違いない、と思った。
本気で思った。
このように、夢みたいなことばかり言っています。
私は音楽に騙されているのかもしれません。
でも、もうすこし騙されていたいのです。」

まだ騙されているだけかもしれないが、これは本当でしたわ。

あのとき「音楽が好き」という気持ちだけを頼りに踏み出した結果、学生のころから漠然とあこがれていた世界に、引き続き身を置くことができます。その結果、過去の負債(=奨学金)を日々返していけるのめっちゃ素敵やん?

今が楽しいと、やぶれかぶれだった当時の自分も肯定できるってもんですよ。

「これは遠回りだったのか?
それとも、長い目で見たら近道なのかもしれない。」とも私は記している。

そうだったのだと今後は信じたい。

音楽、カルチャー、もっというと人生を豊かにしてくれるもの。

そして「何かを伝える」ということ。文章がいちばん好きですが、技術が進歩した今、もっとも伝えやすい方法を模索できる面白さ。

音楽業界からはいったん離れますが、今後は音楽含め幅広いトピックに向き合えることを楽しみに思います。

最後に…コロナもあるし年齢もあると思うんだけど、今回の転職活動は、これまででもっとも時間がかかりました。3ヶ月くらい。

とはいえ、これまででもっとも多くの面接の機会をいただいた、という側面もあります。

それだけピントのあった活動ができたのだと思う。20代のころより確実に自信がついていると感じます。相変わらずネガティブですし、就活に精神削られるのに変わりはないですが。

やっぱり二度と就活やりたくない、と思いつつ、良い経験になったと思います。

とはいえ、次の会社には、入ってみないとわからないことも多いと思うので夏頃にはまた転職活動してたらどうしよう…心配性…

がっかりしたくないのであまり事前に期待しないようにしているのですが、適度にやりたいことをやって、適度に褒められて、適度に嫌なこともがんばって、自己肯定感を上げつつお金もらえたらいいな~と思ってます。

「A社の私」も残りあと3日!噛みしめて駆け抜ける!!

自分でも驚くくらい引き継ぎが順調で感動している!!

ありがたい話

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りり香

何も予定もないのに、仕事始まって早々有休をとってしまいました。とても暇です。

なので久しぶりにブログでも書いたろう!!と思いました。

結婚してから、もっと言うと夫と付き合い始めてからあまりプライベートで文章を書かなくなったと感じます。

学生時代は、当時流行っていたmixi(懐かしすぎ、SNS黎明期だったせいかまじで無法地帯だったよね)、社会人になってからはfacebookなど活用して週に2,3回は日記のようなものを書いていた気がする。あと、思うところがあるたびTwitterに連投をしていた。言いたいことがたくさんあったのだなあと思う。

facebookはさいきんめっきり更新しなくなりましたが、「過去の思い出を振り返ってみましょう」と、約10年前までさかのぼってそうした「気持ち」を掘り起こしてくれるのがおもしろい。

若さゆえの痛々しさを感じないこともないけど、忘れていた感情や出来事が

言葉として形に残り、時を越えてまた出会えることは、なんだか嬉しく感じます。

(余談ですが、私はこうして数年後読み返しても恥ずかしくならないような文章を常に心がけています。流行りの構文は時間が経つと黒歴史になりがち。あと、読み返したときに何言ってるかわからなくなるともったいないので、日記こそ誰が読んでもわかりやすく書いた方がよい、ぜったい)

さて、なぜ夫とつきあってからあまり文章を書かなくなったかというと、

その日その時考えたことをなんでも夫に話すことができるからなんですね。

言いたいことがたくさんあるのに、誰にも言えずに…「誰に言ったらいいかわからない」のが近いかな、SNSに垂れ流していたんだなーーと思います。

夫には考えていることをほとんどしゃべってしまう。

とはいえ、共感してもらえないこと、理解が得られないことも当然ありますが

結果バトルに繋がることもままありますが

それだけちゃんと聞いてくれる人がいるのは、とてもありがたいことだと思っています

くれる

年末

もうすっかり年末ムードだ。年末モードか? いや年末MODE MOOD MODEか? まあいいや。

2020年が暮れていく。毎年のようにあっという間のスピードで。何かに置いて行かれるのは、いつだって、どんな状況でだって寂しい。

コロナ

今年はコロナ・コロナ・コロナで、もうすっかり疲れ切ってしまった。感染したわけでも仕事が無くなったわけでもないので、本当にただ疲れただけだ。もっとシリアスな状況にある方は大勢いるだろうけど、ここでくらいは言わせてください。疲れました。

そして困ったことに、2020年が終わったからといってコロナが終わるわけではないのよね。マジかよしんどい。ワクチンとか色々どうなんですかね? よさそうだったらその時は教えてください。それまでは寝ながら待ってるから。

週末

この週末は珍しく特殊なイベントが続き、とても楽しかった。コロナ禍を思うとわりと不適切かもしれないけど、ここでくらいは言わせてください。楽しかった。

金曜日

会社を定時に出て、妻と妻の友人Aさんとともに映画「鬼滅の刃」を見る。鑑賞は2度目だが、今回は人生初のIMAX。デフォルトで音がでかい映画だけど、さらにパワーアップしている。魘夢の断末魔が全方向から聞こえてくる。泣きポイントでは初回と変わらず泣かしてきた。凄い映画だ。なおAさんは4回目だそうでした。

書きながらさらっとネタバレするかもしれないからご注意を。

言うまでもなく煉獄さんが死ぬほど魅力的なのだが、どう魅力的かといえばいくつかあって、

  • 部下を守りながら問題解決のために率先して動いてくれるし、アドバイスしてくれるし、励ましてくれる。上司として最高すぎる。
  • 人間の儚さ・強さ・美しさを知っており、それを愛している。猗窩座や魘夢ら鬼には恐らく理解できない価値観である。
  • 父親に突き放されれば寂しくなり、でも弟のことは兄として優しく励まし、母親が説く「強い者の責務」を命懸けで全うし、それを果たした際には子供が甘えるような顔で笑う。そんな人間臭さ、可愛さがある。

失うにはあまりに惜しい人物だったが、それと同時に柱に名を連ねる誰もが、何だかんだで同じような強さと優しさを持ち合わせているんだろうなということも考える。たぶんあの不死川も。そのあたりが柱のプロフェッショナルたる所以なのではないだろうか。

鑑賞後、居酒屋でみんなで早口で語り合い、気付けば深夜1時を回っていた。こういうバカみたいな飲み会が本当に久しぶりで、すごく幸せだった。

土曜日

何とか午前中に起床し、1,500円カットの床屋で急に短髪になってやった。店での仕上がりは妻曰く「愛の不時着」(まあわかるけど。ネトフリ入ろうかな)とのことだったが、さらにセルフで前髪を調整しスタイリング剤を使うことで「この恋あたためますか」の仲野太賀ふうに整ったと自負している。

午後は妻の友人Bさんによるピアノコンサートを見に行く。「癒し」をタイトルに掲げた、今の世相にぴったりの優しく楽しい内容だった。そういえばもうすぐクリスマスでもある。形は多少変わっても、平和に過ごしたいものだね。ちなみにBさん、気が散るからとの理由からこの日を終えるまでは鬼滅を封印していたらしい。どうか心置きなく楽しんでほしい。

夜。妻と、最近急速に仲良くなったという妻の同僚Cさんとの飲み会に途中参加する。少し年上の方だったが、明るくはっきりとした物言いで初対面のこちらまで楽しくなる。妻の仕事への不満をたくさん受け止めてくれてありがとうございます。Cさん、一時期は僕の現職場近くにいたらしく、僕よりも近隣の飲食店に詳しいようだ。いずれ案内していただこう。あと、その日の店にいたイケメンさんとCさんが何やらいい雰囲気になったみたいでびっくりした。初対面なのに嬉しくなっちゃったぞ。上手くいくことを願っています。

日曜日

この日も何とか午前中に起床し、ニチアサを少し見る。「かりそめ天国」の後藤一家茨城旅行が面白かった。

午後、渋谷で開催されている「超勇者展」に妻と行く。勇者シリーズ自体については簡潔には説明できない(愛ゆえに)。今回は前半の内容ということで、エクスカイザー、ファイバード、ダ・ガーン、マイトガイン、ジェイデッカーの設定資料が展示されていた。

スターガオガイガーとスーパーファイヤーダグオン。かっけえ…!!

スターガオガイガーとスーパーファイヤーダグオン。かっけえ…!!

昔買ってもらったおもちゃ(ゴッドマックス、スーパーガーディオン。大好き)や、欲しかったけど手に入らなかったおもちゃ(これはマジで色々ある)に思いをはせながら、一つ一つじっくりと眺めた。プロデューサー・メカデザイナーとタカラの膨大な打ち合わせ、ボツ案の数々、手描きのセル画など、一つの作品を生み出すのにどれほどの手間とマネーと情熱が必要か、大人になると色々わかってこれはこれで味わい深い。

マイトガインとジェイデッカーのキャラデザは石田敦子さんという方なのだが、女性ならではの視点による【かわいい】【かっこいい】【ちょっとエロい(決して下品でない(ここ重要!))】な細かな造形がなされていることがわかり、とても興味深かった。瞳のハイライト、髪のクセ、衣装デザイン、言いそうなセリフの設定がいっぱい書き込まれており、石田さん自身が楽しんで制作していることが伝わってきたのがよかった。

僕自身ではなく、妻が今、何度目かの人生の分岐点に立っている。傍から見ている僕は、彼女の日々の頑張りを眩しく見つめるばかりだ。何とか力になれたらと思っている。妻よ、何でも言ってよね。

妻の現職での成果物、携わったプロジェクトをここ数年間で色々見てきた。会社内の細かい不満話に共感しつつ、最終的に創り出されるものはやっぱりどれも凄い。トップランナーなのだなとしみじみする。

そんな仕事の日々にも、もう少ししたら節目が訪れるようだ。はっきりしたことはまだわからないけど、きっと節目ができるのだろう。節目以前と節目以降ができるのだろう。

人生

だけど妻も僕も仕事だけをして生きているわけではなくもっと大きな、人生そのものとも言えるような流れの中で、色々なものを抱えて時に持ち替えながら、何とかかんとか泳いでいるんだよな。うん、ふとそんなイメージが浮かんだ。ちなみに泳ぎは苦手だ。だから人生も怖い。

流れは速いし水は冷たい。それでも妻と共にあればどうにか泳ぎ切れるだろうか。これからも“The day with the 妻”(妻とだけ通じる構文です)が続くことを願っている。

秋の空を見上げたら

あっという間に、あれよあれよと、夏は過ぎ秋も深まりすっかり肌寒い。我が家では数日前から毛布が寝床に導入された。少しの油断で簡単に風邪をひいてしまう。昨今のあれこれもあり、シンプルな風邪にも何か特別な気持ちを抱く自分がいる。全方向から、命を守らなければ。

ここのところ、メディアを通じて色々な悲しい出来事を耳にする日々が続いている。それはテレビやインターネットの向こう側からやってくるけど、間違いなくこの惑星、この国、同じ空の下で同じ人間に起こった出来事だ。なぜなんだろう、と思う。

時代と技術が進み、僕のまだ大して長くもない人生の期間だけでも、メディアのあちら側/こちら側の関係は随分変わった。色々な人、物、場所の温度、肌触り、息遣いをずっと身近に感じることができるようになってきている。「つながり」を嬉しく感じる瞬間も、少なくない。

それと同じくらい、「届かないんだな」と思うことも、やはりある。応援する気持ちも含めて好きな音楽を買って聴いたり、好きな映画を見たり本を読んだり。僕のそういった行動の結果とは関係なく、要するにその人の作品が売れる売れないとは関係なく(あるいは関係して)、悲しい出来事が起こるときは起こる。

社会人たるもの、一つの軸だけで生きる人なんてごくごく稀だよな、わかってる。僕自身そうだ。少ないけど、いくつかの物事と上手く関係を築きながら、バランスを取りながら、それぞれから喜びや悲しみを受け取りながら、毎日生活している。そうやって僕自身はきっと成り立っている。でもなんかこう、虚しさが募るのも確かだ。最近起きた悲しい出来事の当事者の作品を、なんとなく手に取れずにいる。結構好きだったはずなんだけどな。そういう感情もあるんだな。

こんなようなことをぼうっと考えるとき、なぜだか僕は上の方を見がちだ。我ながら何を見ているんだろう。空だろうか、宇宙だろうか、もっと遠くの何かだろうか。別の形の「つながり」でも見出そうというのだろうか。よくわからんね。秋の静かな空が好きだ。

劇場

(Amazon.co.jp より)

ピース又吉直樹先生原作の映画「劇場」が、このほど映画館とAmazon Primeで公開中だ。最新作をこういう形態で公開するの、とっても素敵。おうち時間の進化が止まらねえよ。今後増えるのだろうか。

www.amazon.co.jp

一度しか見ていない映画を細かく思い出し、感想を述べるという行為が僕はちょっと苦手なんだけど、見たらなんだかすごく心が揺さぶられた感じがしたので、なるべく頑張って言葉にしてみようと思う。つまり感想文です。ネタ、バレるかもよ。

※※※

どんな映画かというと

劇団「おろか」を立ち上げたものの、酷評ばかりでなかなか軌道に乗せられない永田(山﨑賢人)。永田に偶然出会った女優志望の学生・沙希(松岡茉優)。2人の主人公の、出会いから別れまでの(たぶん)約10年間に渡る恋愛を描いた映画だ。これ以降はもう「10年間である」という体で進めますね。

監督は「GO」「世界の中心で、愛をさけぶ」「ピンクとグレー」「ナラタージュ」などの行定勲。ほろにが青春映画の名手。

なぜそばに居続けたのか

悲しい映画だった。

創作が捗らず金も貯まらず、フラストレーションばかりを募らせながら沙希の部屋でヒモ状態で暮らす永田。優しい沙希はそんな彼を励まし、笑わせようと明るく振る舞うけど、長い時間をかけて徐々に心を枯らしていき、いつの間にか女優の道を諦めていた。

永田はクズなのだけど(山﨑賢人のクズ演技が素晴らしかった。どれだけ落ちぶれても、ここぞという時の瞳の輝きが凄い)、沙希はかなりギリギリの段階までそんな彼のそばに居続けた。「さっさと別れちゃえよ!」「演劇なんか諦めて安定した仕事をしろよ!」と外野が言うのは簡単だけど、それが2人にはどうしてできないのか。この物語の核心はたぶん、そのあたりにある。

沙希

演劇をやめられない永田が経済的・精神的に沙希に甘えてしまうのは当然と言えば当然だとして、沙希のほうから決定的な別れを長らく告げないのは、好意によるものだけではない気がしている。共依存のような状態だったのかもしれないけどそれ以上に、沙希にとって永田という人物こそが「手放しがたい東京」の大部分なんだろうなと、僕は考えている。彼女のこれまでの人生、家族との関係、どんな思いで上京してきたのかなどを想像したうえで永田と過ごした日々を振り返ると、ちょっと、きつい。

それが見知らぬ人間であっても、街で声を掛けられるとつい相手をしてしまう。光熱費を払うよう永田に強く言えない。どころか自分がアルバイトを掛け持ちして生活費を稼ぐ。泣きながら怒る。怒りながら笑う。梨が好き…。

さまざまなシーンの言動・行動の陰で明確に描写されていない行間の部分に思いを巡らすことで、沙希というキャラクターの奥行きがぐっと増す。ただの舞台装置ではない1人の人間としての沙希は、愛おしく、悲しい。

永田

一方の永田に関して言うならば、演劇という文化を取り巻くシステムに色々と無理があるのでは、という気持ちが正直ある。公演のたびに長い稽古が必要だったり、チケットノルマや道具類などで負担がかさんだり…。劇団「おろか」が売れ始めるにつれて永田が日雇いバイトに行けなくなるのが、その象徴みたいな現象だ。たとえば音楽・美術・文学などとは違って、演劇は多くの場合1人では作品をつくれないし、場所も限定される。コスパがあまりにも悪い。

永田がどうしようもない人間だというのはもう大前提であるとして、それでも彼なりに演劇の道を究めようと必死にもがいていたし、その結果としてラストシーンで少しだけ道が開ける。クズにしてはよくやったのでは、と思う。

おろかな2人

なんというか、沙希も永田も不器用すぎて失敗ばかりで、それは「若さゆえの…」などと簡単にあしらえないくらいには重い。もしも出会わなければ、好きにならなければ、あんなに生傷だらけの10年間を過ごすことはなかったかもしれない。でもそれは、沙希がもっと早く東京を去ることや、永田が大衆に分かりやすく(悪く言えば)無難な演劇をつくることに繋がっていたのかもしれない。

健康に食いつないで生きていくならそれで十分だろうけど、2人はそうしなかった。できなかったのかも。何度もぶつかって、傷ついて、傷つけて、10年。「愚かだ」と一蹴する前に、沙希と永田が東京で拘り続けたもの、守ろうとしたものが何だったのかを想像できる感性を持っていたいなと思う。彼らのような人間はたぶん、東京に何人もいる。

AKIRA

(Amazon.co.jp より)

最近4Kリマスター版が劇場公開されている、アニメ映画「AKIRA」。オリジナル版の方はAmazonプライムで視聴可能だったので、妻は初めて、僕は久し振りに見てみた。

www.amazon.co.jp

※ネタばれ多少あるかも。

2019年の「ネオ東京」で、超能力者・軍・暴走族がバチボコに喧嘩した結果、都市が崩壊し人が死にまくる、というストーリーなのだが、僕が注目しているのは2人の主人公である、金田と鉄雄の関係だ。

金田は暴走族のリーダーで、怪物バイクを自在に乗り回す運転テクを持つ。バイクを抜きにしても、人間離れした身体能力・喧嘩の強さ・しぶとさを備えた、なかなか凄い男だ。人柄は明るく社交的でチャラくて、そして優しい。

鉄雄は金田とは対照的に、どこか内気で自信がなく、兄のようにいつも助けてくれる金田に憧れを抱きつつも、バイクも喧嘩も到底及ばない。常に劣等感に苛まれているような状態だ。金田の偽りのない優しさも疎ましく感じ始めている。

「AKIRA」の物語は、鉄雄が力に目覚め、暴走し、やがて破滅していく様を描く。その過程で、それまでいつも一緒にいた金田と鉄雄は離れ離れになったり、再会したり、敵対したり、求めたり、助けたりし合う。

力を手にしてイキり散らす鉄雄、それをいつもと変わらない態度でたしなめる金田。いらつく鉄雄、戸惑う金田。牙をむく鉄雄、応戦する金田。泣きながら助けを乞う鉄雄、迷わず手を伸ばす金田。向こう側に行ってしまった鉄雄、残された金田。

ウジウジしていたと思ったら急にキレて暴力に走る鉄雄はもちろんだいぶアレなんだけど、そういう鉄雄の心情はきっと金田のような開かれた人間にとっては気付きにくいんだろうと思う。これは別に金田が鈍感だとか冷酷だとかそういう話ではなく、ただ一般論として人間関係においてはよくあるパターンだよなと。

憧れる側と憧れられる側、守る側と守られる側。丁度良いバランスで成り立っているが、そこにはわずかに上下の格差があって、ふとしたきっかけで片方が裏返ってしまうと、反発は避けられれない。なんとなく、「響け!ユーフォニアム」の鎧塚みぞれと傘木希美を連想する。

作中の様々なシーンに対して「あの時こうだったら…」を考えてしまう。鉄雄の前にタカシが現れなければ。連行されそうになる鉄雄を金田が引き留めることができたら。それらのタラレバが残念な方向に回転し続けた結果が「AKIRA」という物語に他ならないんだけど、金田も鉄雄も若くて愛嬌のあるキャラクターだから、2人には幸せになってほしかったなあと思ってしまう。僕の視点はもうすっかりおじさんだ。

いまは2020年。東京オリンピックは新型コロナウィルスの影響で延期が決定し、世界はいまだに混乱の中にある。それは「AKIRA」のように退廃的・暴力的な混乱とは毛色が違うけど、なんだかリンクするような気もしてしまう。現実の世界では、金田と鉄雄のような悲しい別れが少しでも少なくなればいいね。

FERNANDES FGZ-400と、中身も外身も地味な中学生男子の僕

いつもどおり仕事が暇なのでネットサーフィンをしていると、「rockin'star★」というアパレルブランドのサイトで気になる写真を見つけた。

rockinstar.jp

スライド4枚目の写真でモデルの女の子が抱えているギター。このモデルを僕は知っている。あ、モデルっていうのはギターのモデルのことね、一応。

「知っている」という表現は、写真を見た瞬間の僕の状況を表すには少し違う。「FERNANDES」というロゴがしっかり刻まれているからブランドは分かる。ただ、詳しいシリーズ名・型番みたいなのは出てこない。なぜか。

全然大した話じゃないのでさっさと明かすと、このギター、僕が生まれて初めて買ったのと同じモデルっぽいのだ。後述するけど、購入時は色々いっぱいいっぱいでモデル名なんて目に入っていなかった。

さらに調査という名のネットサーフィンを続けると、モデル名もおそらく特定できた。「FGZ-400」というらしい。20年近く前のモデルだ。普通に生産終了しているっぽい。が、中古品は見つかった。

www.shimokura-webshop.com

当時購入したのも下倉楽器の店舗だった気がする。

僕は中2か中3くらいだったろうか。1万数千円を握りしめ、電車で1駅の楽器屋に一人で訪れ、目当てのギターを暫く見つめて(予め何度か通い、これにしようと決めていた)、決意を固めて店員さんに声を掛けた。心臓バクバクで試奏なんかできなかった。いきなり「これをください」だ。

hideやラルクが好きな学校の先輩がフェルナンデスのギターを持っていて、それ以外のブランドを僕はほとんど知らなかった。ギブソンやフェンダーがどの程度のシェアなのかも知らなかった。そんなわけで、欲しいブランドはフェルナンデス一択だった。

そのギターの鋭いフォルムと、ともするとV系っぽいカラーリングと、あとアーム! 中身も外身も地味な中学生男子の僕には似つかわしくないようなデザインで照れ臭かったけど、というかエレキギター自体が照れ臭かったけど、それらを手にしたら何かが変わる予感がした。

結果的にはバンドを組んだりはせず、家で黙々と弾くばかりだったけど、それでも何だか世界が広がった気がしたなあ。それから数年、次のギターを買うまでかなり弾いた。最終的には姉が欲しがったので譲ることにした。まだ持ってるのかな。久し振りに触ってみたいな。いま下倉楽器で売られてるのがまさにそれだったらどうしよう。

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いまの相棒はこいつ、Fender MIJ Traditional '70s Mustangさ。かわいいだろ?