【連載小説】妄想ポコ国旅行記 - 第2話

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 ポコ国の旅は2日目を迎えた。

 昨日、サバ氏には少し気丈に振る舞ってしまったが、やはり長旅の疲れは確かに溜まっているようだ。ベッドの上でこれからの数日間を思い、わくわくして眠れなくなってしまったらどうしようなどと懸念もしたが、まったくもって要らぬ心配だったようだ。それはもう、スコーンと眠りに落ちてしまった。

 

 ただし、夢は見た。

 

 自宅にいた。日曜日の朝だった。ゆっくりと目を覚まし、ぼーっとした頭でテレビやスマートフォンを眺めていたら呼び鈴が鳴った。呼び鈴…。ニュアンスが違うか。呼び鈴は「チーン」とか「ジリリリリ」と鳴るほうのやつだろう。そう、鳴ったのはインターフォンだ。

「こんな早くに誰だろう」

 わからなかった。午前10時頃を「こんな早く」と表現するのが果たして適切なのだろうかという疑問はさておき、そもそも電話やメールでなく直接我が家を訪ねる相手に心当たりが無かった。時刻関係無く、だ。宅配便が来る予定も無かったし。

 首を捻りながら壁掛けの受話器を耳に当てた。

「○○の者ですが」

 「○○」に入るのは某ケーブルテレビサービスの社名だ。断じて警察ではない。
 ちなみに私は夢の内容を詳細に覚えるのが苦手なタイプである。したがって受話器から聞こえてきた「○○の者ですが」という言い回しが一言一句その通りだったという自信は無い。これ以降に記すやり取りも同様だ。その旨了承いただきたい。

 受話器の声は言った。

「先日ポストに投函した電波強度点検のお知らせなのですが、こちらのお部屋から希望日の申し込みがありませんでしたので確認に伺いました。よろしければ来週木曜から日曜の間で60分ほどお時間をいただければと」

「ちょ、ちょっと待ってください」

 慌てた。

 が、正直なところ、心当たりが無いでもなかった。受話器の声が名乗った社名の封筒を数日前にゴミ箱にポイした記憶は確かにある。マンションや宅配ピザと同様、ポスティングチラシの類だと思っていたのだが、まさかあれなのか。封筒には何と書いてあっただろうか。「入居者様へお知らせ」みたいな感じだったか。ううむ、あやふやだ…。

 重要書類をアレしちゃったかもしれない後悔と恐怖が心の中にムクムクと育つのを感じながら、再び受話器の声に耳を傾けた。

「ですから、こちらのマンションの入居者様皆様にお配りした文書に記載しています通り、お部屋ごとに電波強度点検が必要ですので、少々お時間を頂戴させていただきたいのですが、よろしいでしょうか」

 要旨はこのようなものだっただろうが、実際に聞いた声は早口で少し棘があったような気もする。気のせいかもしれない。私はこの段階でも混乱したままだった。

「うちではおたくのチャンネルを見ていないので結構です…」

「見ていなくてもですね、こちらのマンションの入居者様皆様にお願いしている点検ですので」

「えぇ…」

(中略)

「すみません…以前の書面を紛失してしまったので、とりあえずもう一度入れておいてもらえますか…」

 まあ大体このような感じで、辛うじて家に上げずに済ませたものの、結構な時間をフニャフニャと弱々しい応対に要してしまった。くそう。爽やかな休日の朝が台無しだよ。くそうくそう。

 後で調べたところ、この手の点検営業に対応する義務はこちらには無く、「お帰りください」の一言で終わらせてよいのだそうだ。それでも引き下がる相手には住居侵入罪が適用されるとか何とか。思い返すと、相手の言っていたことは確かに所々要領を得ないというか、どこかフワッとしていた。

 久し振りに他者からの生々しい悪意を向けられた気がして、ひどく嫌な心持ちだ。私は騙されようとしていた、のかな。今回の教訓がいずれどこかで活きるといいと思うが、活かす場がそもそも無い方がいいとも思う。

 

 と、このあたりで目を覚ました。旅先で見るにはあんまりな夢じゃないか。ポコ国の人々の笑顔に何だか申し訳ない。○○の者は反省してほしい。

 

 今日はこれからヒンミッツ寺を訪れる。