【連載小説】妄想ポコ国旅行記 - 第3話

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 真っ暗だ。何も見えない。宇宙? いや深海か? …たぶんどちらでもないな、呼吸は普通にできている。目を開いているかどうかもわからなくなる、本当の闇。腕も、脚も。すぐそこにあるはずの部位すらまるで見えない。目に見えないと、あるはずなのにないかもしれないという不安が湧いてくる。掌を開いているのか閉じているのか。地に足をつけているのかいないのか。初めての体験だ。知らなかった。見えないことによって、こんなに色々なことがあやふやになるなんて。

 そういえば音も聞こえない…ような気がする。まったくの無音という状態をこれまで経験したことがないから、いまいち自信をもって言えないけど、これは…そういうことでいいと思う。外からはもちろん、体の中からも聞こえない。骨のコキコキや、腹のギュルギュルなど。

 しばらく考えていると、ひとつのアイデアが浮かんだ。僕は、人間ではなくなったのではないだろうか。目も耳も利かない。手足はどこにあるのかないのかわからない。ただ思考するだけの、概念、みたいな? こわ。

 そしてさらにまたアイデアが浮かんだ。言葉にすると真実味が増してしまいそうで恐ろしいが…僕は、死んだ、のか? 死んだことがないから確信はない。確信のある死って何だろうな。そんなものこの世にあるんだろうか。この世にはないか。あの世か。はは、しょーもな。

 人間として何年か生きてきた中で蓄積した死のイメージ。今の状況がそれに近いような気がしただけなんだけど、連想ゲームが成立してしまった時点でもう恐怖だ。せめて「死」と「恐怖」の関係を断ち切れたら楽になれるのにな。「あー、死だ」くらいのテンションになれるかも。「しょーもな」とか言うので精一杯っすわ。

 光も音もない闇の中で、僕は死を思っている。

 30歳を少し過ぎたくらいの年齢となったが、死への思いは幼いころと大きくは変わっていない気がする。「怖いけど、まだまだ先」と捉えている。もちろんそれが楽観的だということはわかっているけど、まあ、若くして死ぬなんて、統計的に、ねえ?

 いつ死ぬかはさておき、いざ死んだらどうなるんだろう。自分自身は、周囲の人間は、世界は。誰もが体験するはずなのに、先駆者は例外なく文字通りこの世からいなくなる。参考文献がない。だから正解がわからない。確かめようがない。そんな問題を悶々と悩んでいても、時間の無駄にしかならないのだろうか。この思索は残りの人生に何かいい影響を与えてくれるのだろうか。ああ。うう。

 この闇を自覚してから、体感的におよそ1時間経過しただろうか。闇が、闇でなくなりつつあることに気が付いた。前方(方向感覚はもうあまり当てにならないが)にわずかに光が見える。まるで星のようだが、ここは宇宙空間ではないはずなので、きっと星ではないのだろう。では何だろうか。他にすることもないので、じっと見つめてみる。…そういえば、普通に目は見えているな。やっぱり先ほどまではただただ暗かったということか。

 まだ視力が残っているということがわかり、改めて光を観察していると、気付くことがあった。あの光、だんだん大きくなっている? 

 気のせいではないようだ。視界は徐々に白み、真下を見るとあるのかないのかも分からなかった胴体、腕、脚が姿を現した。動かしてみて、それが自分のものだと確認する。僕は今までどおり30歳と少し生きた人間であるようだ。ちなみに服は着ており、靴は履いていない。

 気が付くと光は前方の視界をあっという間に占拠し、さらに拡大を続けている。心なしか「ゴゴゴゴ」という地鳴りのような音も聞こえるようだ。こいつはどうやらめちゃくちゃでかい。

 闇はすっかり飲み込まれ、僕は今度は真っ白な空間に漂っている。真っ白な中でさらに輝く巨大な光源は眼前でなお成長しているが、輝きの中に、本体らしき質感が見え隠れするようになってきた。意外にもそれは生物的で、鱗のようであり、甲羅のようでもある。怪獣の皮膚のようなその質感、知っている気がするのにうまく言語化できない。記憶を整理しようとするが、相変わらず眩しいので集中も難しい。

 光は成長を続けている。意識的に観察していると、そのスピードが驚異的であることがわかる。僕しかいないと思っていたこの空間も、気付けばこの光でパンパンだ。空間の中で僕は光にどんどん追いやられている。

 怖いと思った。真っ暗闇で「自分」を見失い溶けるように消えるのも大概恐ろしいが、巨大な質量に押し潰されるのもまた恐ろしい。痛みが伴いそうな分、恐怖の軍配は後者に上がりそうだな。

 こんな時に(こんな時だから?)、思考がどんどん冴えていくのを感じる。自分が数分後にどうやって死ぬのか。身体のどのあたりに圧が掛かり、どういう順番で骨が砕け、臓器が破裂していくのか。イメージが膨らんで仕方ない。やばい。何とかして逃げなくては。身体を捻り光に背を向けようとするが、フワフワと揺れるだけで上手く動けない。困った。万事休すか。ああ、光がもう目の前に迫っているじゃないか。近い、近いよ。あれ、なんかいい匂いするな。これって…。

※※※

「はい、お疲れ様でした」

 和尚の声を合図に僕は目を開いた。観光客向けの軽い座禅体験と高を括っていたが、なかなかのトリップだった。何やら恐ろしいイメージも浮かんでいた気がするが、それも瞬時に忘れてしまったようだ。夢ってそんなもんよね。現実に戻ったばかりでボーッとしたままの僕を見て、和尚はニコニコと微笑んでいる。

 ここはヒンミッツ寺。ポコ国においてもトップクラスで歴史の長い寺だそうだ。日本の一般的な寺社仏閣に比べて一つ一つの建築物の色が派手だなという印象を受けるが、観光地として定期的に整備されているからだろうか。しかしそれより何より特徴的なのは、この寺に祀られているのがパイナップルである、という点だろう。パイナップル、あのパイナップル。甘酸っぱいあれです。

 歴史的背景が気になるところだが座禅の余韻に浸りたかったので、今夜寝る前にでも読もうと、売店でパンフレットを購入した。寺を後にする際、本堂の方を振り返ると、和尚が先程と同じように微笑みこちらを見ていた。