【連載小説】妄想ポコ国旅行記 - 第1話

【連載小説】妄想ポコ国旅行記 - 第1話

 ここはポコ国。四方を海に囲まれたこの島国の気候は年間を通じて温暖で、湿度が高く雨も多い。

 主産業は柑橘類や葡萄の栽培と、その加工食品の生産である。柑橘と葡萄って気候的に一緒に扱えるものなの? という疑問が寄せられることも無いではないが、まあ何やかんや上手くやっている。それがポコ国の技術、ポコ・クオリティなのである。

 ポコ国の総人口はおよそ200万人。小さな国だが、国民は総じて温厚な人柄で、笑顔を絶やさないのが特徴だ。皆決して多くは語らないが、きっとそれぞれに悲しいこと、苦しいこともあろう。それでも尚あれほどの穏やかな笑顔を保つ秘訣をある国民に尋ねてみた。

「たしかにときどき悲しいこともあるけど、大好きなみかんやぶどうを食べたら忘れちゃうんだよ!」

 主産業、流石という他ない。国の財政はおろか、国民一人一人のメンタルまで支えるとは恐れ入る。取材中に立ち寄ったパーラーでフルーツパフェを食べたが、不覚にも零れてしまった。笑顔が。ちなみに価格は日本円でおよそ450円。ボリュームの割にはかなりお手頃である。オススメだ。

 

 さて、ポコ国の概要を紹介出来たところで、読者の皆様にはそろそろ私について、そしてこの手記についての説明が必要であろう。
 私は日本で一般企業に勤めながら、時々こうして旅をしながらその記録をしたためることを趣味にしている。名を角永ヒカルと申します。よろしくどうぞ。ブログやってます。→ www.kakuu-music.com

 現在は2月、四季の国日本では冬の寒さもいよいよ深まり、鈍色の空の下、誰もが震えながら春の訪れを待ち焦がれている。花粉という懸念材料はあるにはあるが、まあ概ね待ち焦がれていることだろう。

 私もまた例に漏れず日本の寒さに心身共に参ってしまい、仕事が繁忙期真っ只中だという事実からは滑らかに視線を逸らし、有休申請を叩き付けたのである。叩き付けたとは言っても、今はいい時代なもんで、上司と顔を合わせることなくPC画面を通じ数回のクリックで手続きを行えるのだ。気が付いた時には、僅かに抱えていた筈の申し訳なさは電子の波の中に消えていた。

 

 ポコ国は小さく、直行の空路などは無い。成田空港からN国までおよそ10時間30分、飛行機を乗り継ぎR島まで約4時間、そこからはチャーター船で約4時間。丸一日潰れる程ではないとはいえ、気軽に訪れることができる距離でもない。行くと決めたらそれなりのスケジュールを想定する必要がある。

 私はごく一般的な現代人なので、30秒の余暇があればスマートフォンを取り出し、Twitter、Instagram、2ちゃんねるまとめサイトのいずれかを閲覧するようにしている。ちなみにLINEはそんなに届かないため閲覧頻度が低い。しかし長時間の移動を伴う旅程ではスマートフォンのバッテリーは貴重である。安全に行動するためにも、ホテルへの電話やメール、Googleマップでの検索に使用するエネルギーは最低限確保する必要がある。くわえて折角の旅だ、現地の写真や動画を撮影することもあろう。あれこれ想定していくと、機内や船内でまとめサイトを眺めるのはリスキーだし、何より不健全だ。そんな気がする。

 そういう訳で、私は1冊の文庫本を購入した。作品ごとの装丁を細かな部分まで堪能出来るハードカバー版と、同内容の文庫版、ニーズに合わせてフォーマットを自由に選択出来る。出版という文化は実に素晴らしい。その喜びについては機会を改めて語りたい。まあ今回に限らず、大抵は文庫版を選択してしまうのが私なのだが。

 吉田修一著「犯罪小説集」(角川文庫)。様々な、しかしそのどれもが不気味にリアルで身近な犯罪を描く5つの短編。ミステリ要素も含むためストーリーの細かな紹介は避けるが、罪を犯す張本人や周囲の人物達の心情が丁寧に描かれており、「終わってんなあ」と思う反面、皆どこか人間臭くて憎めない。単純に怖いだけではない、独特な魅力に満ちた作品だった。

 

 時に風景を眺め、時に読書に耽り、時に眠りながら、移動は予定通りの長時間に及んだ。想定外だったのはチャーター船の揺れで、先に気が付くべきだったと後悔したが、とても読書など出来るレベルではなかった。道中でいただいた、赤いソースのかかったチキンのサンドイッチを戻さずに済んだことをとても安心している。

 船は揺れる以外は至って安全に進み、予定時刻より10分近く早く港に到着した。予め待合わせの連絡を取っていた現地のコーディネーターは鮮やかなスカイブルーのアロハシャツを身に纏い、太陽のような笑顔で手を振りながら私を迎えた。ポコ国で出会った笑顔の第1号は彼のものだった。

「ようこそ、ヒカルさん! お疲れでしょう。まずはホテルにご案内します。冷えた葡萄酒もご用意していますよ。」

 彼の名はサバという。サバ氏は流暢な英語で私を労い、路肩に停めていた青いコンパクトカーの後部ドアを開けた。トヨタ車だ。青が好きなのだろうか?

 

 サバ氏の運転する車の中で、この旅の大まかなスケジュールを確認した。とは言っても、スケジュールをぎっちりと詰め込むことを私が個人的に好まないこともあり、3泊5日の中で決めているのは、ヒンミッツ寺に行くことと、クリチア動物園に行くことくらいのものである。あとの空き時間はとにかく街歩きだ。ノープランでぶらぶらして、この国の人々と生活をこの目で見るのだ。

 殆ど付け焼き刃のポコ語ではきっと苦労するだろうが、現地の空気を肌で感じ、体一つでそこに飛び込んでこその旅だと私は思っている。「無謀」だの「意識高い」だの言われようが気にはしない。私はこの為に有休申請ボタンをえいやと押したのだ。

 

 何度も言うようだが、ポコ国は小さい。それがホテルにも表れているのかいないのか、私が宿泊する「ホテル・キウディン」は、国内随一の観光都市であるシャイマ市において、ビジネスホテルとしてはトップクラスとのことだが(サバ氏の紹介。ありがとうサバ氏)、部屋はこぢんまりとしており、ベッド以外の生活空間はかなり抑えられている。言ってしまえば、日本でよく見かけるビジネスホテルと殆ど同じ構造だ。ただ、窓から差し込む午後の陽光が柔らかなイエローで部屋全体を染め、これが何とも暖かい。旅の疲れを早速感じていた私は眠気を覚え、靴も脱がずにベッドに転がった。

 

 これからどんなこと、どんな人に出会うのだろう。私は何を感じ、学び、帰国後の生活を送っていくのだろう。

 太陽と果実と笑顔の国、ポコ国での日々が始まった。